ソニー帝国の真実
いまや落日のソニーですが、再生の日は来るのでしょうか?
ついこの間まで、日本型経営の成功例としてもてはやされていたソニーですが、今や大企業病の典型としてその再生が注目の的になるとは誰も思わなかったと思います。
しかし、仕事でも個人的にも色々と内情を知っている我々にとっては、この日がいずれくるであろう事は、予想された事でした。
実はソニーという会社、大変良い会社でしたが、その特徴は一言で言えば「主流保守的、傍流革新的」で「主流失敗、傍流成功」であります。なんだそりゃってお思いでしょう?説明しますが、つまり会社が狙って開発の主流とした製品は技術に革新があっても製品のコンセプトが保守的であまり成功せず、逆に社内で冷や飯くわされてた傍流の開発商品が大ヒットして会社を支え、しかしそれが本流になると守りに入って保守的になってしまう、というのが以前からのパターンの会社なんです。
実際の例を上げれば、今から35年位前には、テレビのソニーの影も形も無く、営業も研究部門も「オーディオのソニー」を標榜していて、テレビなどはだれも主流商品になるとは考えてもいませんでした。しかし、勝手になにか研究する事が出来た傍流の存在を許していたので、傍流だった「トリニトロン」が主流になる日が来る事になった訳です。民生機だけじゃなくってこのトリニトロンがコンピューターディスプレイや業務用モニターではハイエンドを支配していた時期もあったんですね。
さらに言えば日本の歴史的名器「ウォークマン」も、「録音出来ない」、「単機能」、「持ち運んでも一人でしか聞けない」機械なんて絶対に売れないって社内では散々だったこの商品が爆発的にヒット、たおかげで「ウォークマンのソニー」となったのは有名な話です。
さらにパソコンのVAIO、実は創業者がコンピュータを嫌い(実は松下も同じでした)、コンピュータ開発には大きな遅れをとったソニーですが、あるいみ玩具として名目をつくって発売した8ビット機「SMC−777」のおかげで実力を付け、主流を騙して発売したUNIX機「NEWS」の思わぬ成功、OEM生産を始めたマッキントッシュ関連部品および、マックポータブルや初代PowerBookなどのおかげで磨いた実力で傍流として発売したVAIOはスタイリッシュパソコンというジャンルを作り出した訳です。
いまだに会社の主流としている「プレイステーション」に至っては、もう本当に傍流も傍流で、あるいみ全く異なった会社として発展していった「ソニーコンピュータエンタテインメント」は、当時ゲーム機の主流だった任天堂のファミコン帝国に挑戦すべく、自由な開発販売環境を売りにして設立された会社でしたが、さんざん主流からのいじめに遭いながらも、大成功をおさめると、とたんに主流に取り込まれてしまい一気に保守化、いまや任天堂にも劣らぬ帝国主義的な開発支配体制をとっている状況です。では上に掲げた「傍流ー>主流」の商品はどうなったのでしょうか?
トリニトロンTVはその高性能にあぐらをかいていたおかげで、三菱のダイヤモンドトロンにその席を奪われ、さらにLCDディスプレイ軽視がいまや取り返しのつかない状況を生んでしまいました。
ウォークマンはテープからCD、さらにはオーディオ主流の開発したMDにこだわるあまりと、自社内に取り込んだはずの映画音楽産業に逆にマインドコントロールされてしまい、結局iPodとiTunesの組み合わせで乗り込んで来たAppleに完全に負けてしまいました。本来ならソニーミュージックエンターテイメントを傘下に持つソニーがやるべき仕事だったのに、逆にソニーミュージックエンターテイメントのコンテンツ囲い込みに乗ってしまって、まったくの失敗を味わってしまいました。
パソコンやワークステーション、NEWSは革新的な価格付けとマークカーネルを採用したNEWS OSのおかげで一時は大変よくう売れていましたが、開発の怠慢とソフトの継続性の問題で終焉、パソコンも価格の割に品質に問題があった事もあり、いまや全くの負け組入りです。さらにビデオでのβの敗北、業務機では世界を制覇していたベータカムもデジタル化に乗り遅れて松下に大負け状態なわけです。結局ソニーには「今もちょっとだけ未来」も見えない大企業病の無い社だったわけですが、テレビなどで「ソニーはマーケットの望む事が判っていない」って批判しているのを見るとそれは違うって思います、ソニーが本当にやるべき事は、創業者の盛田さんの言葉「アイデアの良い人は世の中にたくさんいるが、良いと思ったアイデアを実行する勇気のある人は少ない。 我々は、それをがむしゃらにやるだけである。」のなかに全て著されているとおもいます。
投稿日時: 火 - 10月 18, 2005 : 05:40 午前 前の記事: 次の記事: