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このサイトは私(kuro)の普段の生活での事毎、街の写真、風景、物、色々な事を綴ったノートです。
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Total entries in this category: Published On: 10 19, 2005 07:25 午前 |
ニッポン野球の本質ほら、旬のネタを書く事もあるんですよ。
さて、最近世間をにぎわせている、球団合併、1リーグへの移行の問題の本質は何かというお話です。 今回の騒ぎを見ていて誰もがおかしいと感じている事は、あそこまでファンを無視したオーナー達の目指す1リーグ体制とは何なのかということです。それを理解するには日本のプロ野球の成り立ちから考察する必要があります。もともと日本には当然ながらプロ野球は無かった訳で、戦前も野球は大変盛んなスポーツでしたが、その当時の野球と言えば「学生野球」でした。戦前に大阪朝日新聞の主催で始まった「全国中等学校優勝野球大会」が大成功を納め、それに習った新聞各社もそれぞれ野球関連の大会を主催するなど、野球人気を煽りそれによっての部数拡大をもくろみ、実際かなりの成功を収ていました。当時、朝日の中学野球、毎日の都市対抗野球の成功を見た「読売」は部数拡大を目的に大リーグをアメリカから招いて「日米野球」を開催を企画、そのために急遽「大日本東京野球倶楽部」を結成し2回の「日米野球」を開催しましたが、これが読売拡販としてなかなかの成功を納めたので、「朝日、毎日のアマチュア野球」に対抗しての「読売主導でのプロ野球」の創設に向かい、「巨人軍」を結成した訳です。しかし「巨人軍」だけでは試合は出来ないので、「読売」のお誘いに乗って球場までの足で稼ぐ思惑のある電鉄会社(阪急電鉄、阪神電鉄など)が「巨人軍」のお相手チームとして結成参加して「プロ野球」が発足した訳です。ここで「読売」にとって拡販の武器としての「巨人軍」(最近までかならず読売の拡販団は巨人戦のチケットを活用してたでしょう)の完成と、おこぼれ頂戴の他のチームによる「ニッポンのプロ野球」の構図が完成した訳です。さらに面白いのは「巨人軍」の名称です、なんたって唯一「軍」の文字が入ってます。これは大変不思議な事です。それは戦時中の「読売」の軍国政策迎合としての「野球報国」戦略の結果、適正スポーツである野球用語の読み替えのひとつとして捉える向きもありますが、やはり本質はその生い立ちから来る対米の神軍としての「軍」の部分が、戦時中の対米への読み替えとしての「軍」となり、その唯一の正義性と正当性を象徴するもの(隠されたシンボル)となった訳です。 実際戦後に民衆に熱狂をもって迎えられたスポーツは、野球にしろプロレスにしろ、正義の味方と悪者の戦いとして捉えられていて、力道山は正義の味方、外人レスラーは悪者、巨人軍は正義の味方、その他の球団は悪役という構図が出来ていて、そこでは必ず正義の味方がかならず勝つ訳で、そのため勝ち組に乗りたい一般大衆はほぼ正義の味方側を応援した訳です。ここで「ほぼ」とした訳は、野球に関しては悪役になるはずの、その他の球団にも地域に根ざした熱狂的なファンがいた訳で、当然「阪神」や「中日」などをそれぞれ応援していたのですが、当時は球団の本拠は本州の大都市だけに限られていて、全国的には明らかに「阪神」も「中日」も悪役として受け取られていました。結果そのころから最近までは、野球ファンの大部分は明らかに「巨人ファン」であり、その大部分は野球選手の名前もろくに知らないで応援する、正義の味方の応援団だったわけです。この体制では、他球団は絶対に巨人の優位に立つ訳にはいかない訳で、オーナー達はその点はよ〜く解っていた訳です(とくに大洋などはね)。 ところが、この絶対安泰に見えた「巨人中心」の野球王国の体制も、パリーグの成立と、後年、セリーグでの拠点確保に失敗し、その野望をもうひとつの王国を築くことに向けた「堤西武」の参入で、本来の「巨人戦」依存体質の温存で成立している「セリーグ」と、巨人依存から離脱して行こうとする「パリーグ」の分離体制となり変化してきました。ところが各球団の経営が、創立当時の新聞と電鉄から、他企業に移るにつれ、球団の存在目的が曖昧になって行き、不況とも相まってその採算性に目が向くようになり、経営陣には「読売巨人」からの「彼らの言う所の正常な体制」つまり「巨人中心の一局集中体制である1リーグ移行」が浮かび上がって来た訳です。当然初めから巨人絡みが狙いだった「西武」などは諸手を揚げて賛成な訳です。しかし、かれらの大きな誤算は、ファン層の変化に気付いていない事です。いまの50代以上のファンとは違って、若いファンは毎週お約束の結果になる「水戸黄門」型の勧善懲悪に擬した試合を見に来る訳ではありません、今球場にわざわざ足を運んでくれるファンは本当に野球好きの地元チームを応援する人達なのです。この変化はやはり「サッカー」の普及と無関係では無いとおもいます。「読売」はその辺の事を全く理解せずに「Jリーグ」においても「ヴェルディ」を舞台に野球と同じ構図を描こうとして大失敗していますが、本家の野球においてもすでに時代が変わっている事にオーナーの誰もが気付いていないのが全く滑稽です。大相撲で大鵬が、野球で巨人が、プロレスで力道山が活躍した正義の味方の時代は遠い過去になっているのです。 この事に絡んでサッカーのブログにこんな記事 がありました。 またこんな記事も 見つけました、参考になります。 投稿日時: 木 - 7月 8, 2004 : 08:37 午後 前の記事: 次の記事: |
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